Diary 2005. 9
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9月30日 (金)  ファーストイージーアンダーグラウンド(書きかけ)

 流行の型のゴーグルをつけた青年は、宙港に着陸許可を得ると、指定された係留地に小型宇宙艇を係留して青い大気の下に自分の足をつけた。
「ラトキアは久々だな。帰りがけに首星にも立ち寄ってくか」
 呟きながら、深呼吸とともに伸びをする。銀色の髪が漆黒の肌の上に流れおちると、再び波を作って周囲に銀色の光を跳ね返した。
「さて、と」
 シャツとジーンズを身につけた青年は、手近の移動チューブに向かいかけて一度振り返り、背後に置いてきたありふれた個人宇宙艇を見た。それから視線をずらすと、自分の係留地から少し離れた場所、随分使い込まれた旧型のファミリー用宇宙艇と、最新型のぴかぴかな個人艇を見て、思わず笑い声をたてる。
「宇宙船にも、人は出るんだな」
 言いながら、今度こそ移動チューブに足を踏み入れる。チューブの入り口に足を下ろした途端に周囲の景色が消え、かすかに唸るような音がしたかと思うと、黒く涼しい空間を彼は高速で移動し始めた。
 視界に見えているものは、ただ足元にある灰色の丸い盆のような板だけだ。だが、彼はそれが実際はチューブの一部でしかなく、その板から足を踏み外しても何処か奇妙なこの黒い空間に落下することはないことを知っていたので、特に慌てはしなかった。
 最も、生まれて初めて移動用チューブに乗ったときはおっかなびっくりで、知識としては知っていたものの、実際に円盤が動き始めると恐怖で叫び声を上げた。彼の故郷には移動用ロードはあっても移動用チューブはなかったからだ、と何度も言い訳したが、それでもその時、旅なれたその友人には大笑いをされたものだった。
「まあ、今はそんなことはないけどね」
 過去の汚点を思い出して口に手を当てながらぶつぶつと呟いた青年の周囲に、その直後、再び景色が色を得て戻ってきた。チューブの終着点から下りた彼は、ぐるりを見渡して、自分の求めていた方角に歩き出す。
 何やらざわついている展望喫茶室の前を通り過ぎ、別の方面に向かう移動チューブの前を3つ通り過ぎると、目の前に“惑星HALにようこそ!”という看板が現れた。青年の足はその看板に向けて真っ直ぐに進み、派手に装飾された看板と、そのすぐ下に設置されたゲートをくぐって、そこで待ち受けていた、堅苦しい制服を身につけた女性に手を上げた。
「ようこそいらっしゃいませ。観光ですか?」
 型通りの挨拶をして顔を上げた女性が、ゴーグルで半分見えなくても解るほど整った青年の顔立ちに、僅か頬を紅潮させる。
「いえ、仕事で来たんです」
 答えた彼は、所定の場所に自分の腕に巻いていた小型コンピュータを押し当てた。市民証が読み取られ、名前と国籍とが表示される。
「お仕事ですか? まあ、それはお忙しい……」
 言いかけた女性は、青年のパーソナルデータを確認すると、まあ、と口を開いて目を丸くした。女性の顔に僅か浮かんだ色を見て取り、青年は微笑んだ。
「そうなんです。――ああ、ご心配なく。頼まれて指導に来ただけなんですよ」
「そ、そうなんですか」
「ええ。ちょっとね。でも、その帰りに時間があれば観光もしていきたいと思ってるんですが」
 青年の微笑に再び頬を赤らめた女性は、それ以上客のプライバシーを侵害することはやめて作業を続行する。そしてすぐに青年の前でランプが瞬き、この宙港を利用するための係留費=いわゆる税金、が個人バンクから自動で引き落とされたことを示した。
 もう一度笑顔で有難うと返した青年は、係留費の支払いと身分証確認を終えたことの証明をデータとして身分証にくわえてもらうと、ゲートを後にした。
 昨今は、どこの星系国家でも、人目のある場所で身分証確認とともに係留費が引き落とされるシステムになっている。身分証明と係留費の支払いは同時にしか行えない。そして、係留費を支払わなかった場合には、最低ランクの犯罪者履歴がついてしまうため、必ず支払わねばならない。
 人目がある理由は、単純に雇用機会を増やすためと、そして――、機械は幾らでも誤魔化せるが、人の目はデータ改ざんをするわけにはいかない、という為だ。無論、機械の目も加わっているし、人の目も1つだけではない。何処かで不正が行われれば、何処かの目が見ている、というシステムになっている。時間もコストもかかるが、長い目で見た場合の安全性を考えれば、犯罪者や大規模犯罪組織の増加しつつある昨今、それが一番被害を少なくする方法だとして、ラトキア共和国では標準システムとなっている。
 青年は、支払いがすんで伸びをすると、さて、と歩きながら周囲を見回した。少し休みたい気分だった。彼はオートコントロールでこの惑星まで来たし、それまでゆっくり休んではいたが、やはり、どうしても個人艇はそう巨大な空間は取れないし、空が見える場所、天井の高い場所に来ると気持ちが安らぐ。閉鎖空間は――、
「……」
 彼は、首を振ると何かを振り払うように手で頭を叩き、それから、目に止まった喫茶室に足を向けた。リーズナブルな価格で、冷たいものが飲めると看板に書かれていたからだ。
「この星に来るのは初めてだし、一休みしたらまずニュースでも観るか」
 惑星に到着したら星間ネットに流れている以外のローカルニュースを観る、ということは、仕事で惑星間を移動している人々ならごく普通の行動で、その為の施設が宙港にも設置されている。彼は腕時計のような形をしたミニコンピュータで宙港の見取り図を浮かび上がらせ、今いる場所とニュースルームを確認してから、喫茶室に入った。
「――ん?」
「ああ、いや、お客様、申し訳ありません」
 何となくざわつく店内と、なにやらテーブルや倒れた椅子を片付けている店員たちの様子に首を捻りながら、彼は、冷たいグリーンティーを注文した。最近、友人に教えてもらってから、爽やかさが気に入ってやたらと試しているからだ。
「何かあったんですか?」
 窓際の席を指差して、彼は言う。
「ああ、いえ、何でもありません。お騒がせしました」
 店員は、ぺこぺこと頭ばかりを下げて言うと、注文した品を取りに行ってしまった。彼がまたも首を捻りながらその後姿を眺めていると、背後の席で、年配の女性たちがひそひそ話をする声が聞こえてきた。
「まったく乱暴というか、後片付けぐらいしていかないといけませんわよね。ああいう親だから、娘さんも、あんな風に育つんですわ。免許もないのに車の運転なんてしようとするなんて!」
「お転婆もほどほどにしないといけませんよね。どうみてもやもめのようだったから、やはり男の人が一人で年頃の娘さんを育てるのは限界が……」
 後の言葉は、カチャカチャという紅茶を混ぜる音で消えてしまったが、ははぁ、と銀髪の青年は納得した。何か解らないが、先ほど片づけをしていた席では、親娘連れが騒ぎを起こしたらしい。
「なんだ、乱闘でもあったかと思ったのに」
 小声で笑うと、届けられた冷えたグリーンティーを手にし、店員にありがとう、と声をかける。店員は、改めて青年を見ると、一瞬目を留めてから、失礼にならない程度にすぐ目をそらして、他の注文を取りに行った。
「お、うまい」
 ラトキア共和国は、農作物の輸出量が惑星連合でも1、2を争う規模の農業国家だ。国家内に肥沃な大地を持つ惑星が多いためか内容的にも上質で、なおかつラトキアの人々は生まれつき舌が肥えている為、他の星系国家に行くと痩せて帰ってくると言われるほどだから、よほどインチキな店ででもない限りまずい食事を出されることはほとんどない。
 今の緑茶も化学合成された茶ではなく、きちんと自然の葉を乾燥させたものだった。これならホットを頼むんだったかなと後悔しかけてから、窓の外にぎらつく太陽を見やると、いや、やはりアイスでよかったと思いなおす。
 椅子の背に凭れかかるようにしながら緑茶を口にすると、彼はしばらく冷たい空調の風を楽しんだ。
 ややするとかすかな音がして彼の腕から音がした。携帯の通信装置にもなっているそれに誰かが通信許可を求めてきている。
「ああ、折角涼しさを満喫してたのにな」
 言いながらも声は笑いを含んで、彼は腕に向けて口元を近づけた。
「俺だ。何だ一体。ああ、今はラトキアのHALさ。そう、まだ港だ。何だよ。お前は、今度の仕事はソルだったろ。……え? もうすんだ? 観光に来てる?」
 暗い色のゴーグルの中で、彼の視線が窓の外に向けられた。
「俺の見える範囲にはいないな。何処にいるんだ。え、北? ああ、南の喫茶SAKURAで休んでる。なんだ。俺もニュースルームには行くから一緒に行くか。解った。それじゃニュースルームの入り口で待ってるさ。あと10分以内に来いよ」
 笑って通信を切ると、残りの冷たい緑茶を一息で空ける。代金は彼がそのグラスに手をつけた瞬間、グラスに埋め込まれた微細チップと彼の腕の市民証を通じて店に振り込まれているので、後はそのままにして席を立った。複数人数での利用や大量注文の際には代価クリスタルが渡されるが、単品の場合にはそのまま口座から引き落とすこともできるためだ。
「ご馳走様」
 笑顔で店員に挨拶すると、先刻確認してあったニュースルームの方に足を向ける。
ラトキア地方の宙港は、大体作りが一緒になっている。その惑星に合った演出はしているが、利便性を優先させてのことなのだろう。そのおかげで、彼が初めてラトキアを訪れたときも迷子になることはなかった。
「まあ、宙港内ガイドを出せばいいだけなんだけどね」
 ひとりごちながら、ニュースルームの前に出る。多くの人々の姿が見えたが、ほとんどが商用で訪れているのだろうと解る、スーツ姿の男女だ。ラトキアの中でも辺境に近いこの惑星には、特に目立った観光地もないので──強いて言えば、広大な穀倉地帯が実りの時期を迎えると、一斉に黄金の海になる景色だろうか──、穀物の取引きを行ったり穀物関係の実験に携わる人々が訪問者の多くを占めることも当然なのだろう。
 現在知られている宇宙連合加盟国では最も多いアルファ型の人種が最も多いが、そうでない者たちの姿もちらほら見える。滅多に見られない、小さな箱型の入れ物に入った「音」だけの種族であるウェイセレヌ人が箱の中から響く美しい声でビジネスマン風のアルファ人と話している脇を通り、重力調整用の磁場を生むベルトを巻いた筋骨逞しいハルス人が異国の言葉を交わしている前を過ぎると、彼は、連合共通語で“ニュースルーム”と書かれた銀色の柱の脇で立ち止まった。
「さて、北からだと少し時間があるかな」
 柱のすぐ側にあった自販機に、市民証をひょいと掲げて押し当て、チューブドリンクを1本買う。先刻の美味なお茶とは違って合成ドリンクではあるが、この安っぽい味もまた、彼は嫌いではなかった。
 口にチューブドリンクをくわえたまま周囲を見回し、腕の時計の数値がきっかり5つ刻みを進めたとき、馬鹿でかい声がした。
「よう、アレス。相変わらずだな」
「でかい声を出すな、みっともない」
 中身の残るチューブドリンクを片手に、相手の顔面目掛けて裏拳を放つ。ひょいとそれを避けた大男は、笑いながら髪のない自分の頭に手を当てて、傷だらけの頬に笑いの皺を刻んだ。
「喜びの表現だ。そう照れるな。そりゃともかく、お前はニュースは?」
「照れてなどいない。ついでに迷惑だ。──それはともかく」
 相手の口調を真似して、アレスと呼ばれた銀髪の青年はニュースルームの中を指差した。
「俺もまだなんだが、見に行くか?」
「ああ」
 豪快な笑い声を響かせてアレスの背を叩いた大男は、上着を肩に引っ掛けたまま、青年とともにニュースルームの中へと歩いて行った。

(※書きかけ:続く)


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