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4月30日 (土) ファーストイージー(書きかけ)
どんがらがっしゃん。
古典的な文字が浮かんできそうな派手な音を立てながら、その宇宙船は港に着陸した。着陸許可を出しポッドの係留地点を支持した相手が、無機質なコンピュータでなければ、思わず口をあんぐりと開いて遠い目でもしていたことだろう。 「ルド! やっぱり壊れてたじゃねぇかよ!」 「俺のせいにすんじゃねぇ! 最後に整備したのはお前だろが」 やや高い少年の声と、男のだみ声が交差する。 「痛いの」 甲高い泣き声がそこに混ざった直後、ぷすん、と音を立てて宇宙船が止まった。船、と言っても、各惑星を常に行き来している貨物船だの定期連絡船だのに比べたらはるかに小さいサイズだったが、それでも、そこそこ大きなそのボロ船は、最後に1度ため息のような音を噴射口から吐き出すと、今度はまったく音を立てなくなった。 「おい、待て。せめて入り口だけは開いてくれ!」 だみ声がまた船の内部に響いて、何かがどん、と叩かれる音がする。途端僅かな振動が甦り、ぎしぎしという音を立ててハッチが開いた。 「だから、いい加減に新しい船を買おうぜ、って言ったろ?」 長い金髪を結わえた小柄な姿が、そのハッチから鞄を1つだけ背負って降りてくる。その後ろから、髯面の大男がのっそりタラップを降りてくると、頭をがりがりとかきながら、背後に声をかけた。 「エレピ、大丈夫か?」 「エレピ、痛かった。ルド、ライナー、痛いない?」 暗いハッチから、頭に白い帽子を深く被った少女がめそめそと泣きながら降りてきた。少女の顔や、青い服の袖から伸びる白い腕には、大きな痣が幾つもできている。 「あんたのせいでエレピまで怪我をしたんだからな。少しは保護者の責任ってモンを自覚しろ」 先に下りていた金髪の姿が、少女とも少年とも取れる僅か高い声で怒鳴り散らす。 「あんたは幾ら怪我しようと構わないけどさ、エレピは女の子なんだからな」 「いや、それについては確かに俺が悪い。けどなライナー。いつでも世の中には突然とかいうものがあってだな」 ぼそぼそした声で言い訳をしながら、ポケットを探る大男のその声が突然止められた。 「……」 「ルド?」 すっぽりかぶる帽子の隙間から白銀の髪を垂らした少女が、白目のない青い瞳で大男を見上げる。先に表に出ていた金髪の少年も、それに気づいて足を止めた。 「どうしたんだよ、ルド。さっさと町に行こうぜ」 「……、い、いやぁ、……なあ、ライナー。お前、エレピを連れて先に宿に行っててくんねえか?」 「? 別に構わねぇけど……」 うさんくさそうな目つきで、少年が言う。 「あんた、何やらかしたんだ、今度は」 「は、ははは、何もやらかしてなどいないよライナー。嫌だな。まるでそれじゃ、俺が毎回何かしているようじゃないか」 奇妙に上ずった声で言う大男の額には、大粒の汗が浮かんでいる。 「ルド、かく汗。熱? 病気? なくす鍵、熱出す?」 白い少女が、片言で意味の通じにくい言葉を羅列してから心配そうな視線を向け、手を伸ばした。その少女の手が顎鬚に触れると、大男の額の汗が、更に大粒になる。 「い、いやあ、熱なんざ生まれてこの方、出したことがねぇんで違うんだ、え、エレピもな。俺が、トレーラーの鍵をなくしたらしいってなことは、絶対にねえからな。“読む”んじゃねえぞ? ああ」 「なくしたのか」 ほう、と抑揚を失った声で、相手を糾弾する目線を向けた少年は、びしり、と指先を大男の顔に向けると、淡々とした声で言った。 「俺とエレピは2人で港の喫茶店で涼んでるからさ。あんたは、見つかるまで温度調整機の壊れた宇宙船内を探索するんだ。見つかるまで戻ってくんなよ。仕事道具なんだからな」 「……。……。……ハイ」 よろめきながら、先刻の着陸で完全に壊れたらしき温度調整機が熱風を逆に噴出す中に、大男は戻って行った。 「まったく」 ぶつぶつと呟きながら、金髪の少年は鞄を背負いなおし、それから、やや戸惑ったように、ぶっきらぼうに少女に向けて手を伸ばした。 「え、え、エレピ、ルドが忘れモン探してる間に、少し休もう」 「でも、ルド、探す、大変」 視線を大男の方に向けていた少女が、小声で言った。 「エレピ、手伝う。ルドの為なる」 「いいんだよ。ルドにもたまには1人で探しモンさせねぇと、覚えないしさ」 「覚える? ルド、失くし物探す、覚える?」 首を傾げた少女の帽子の端から、何かがひょろりと出た。少年は、それを見ると大慌てで帽子の端から覗いた白いものを、彼女の帽子の中に押し込む。 「そ、そうなんだよ。だからエレピ、今は行こうな。な?」 不承不承、といったように頷いた少女は、少年が帽子の中に何かを押し込む間、大人しく立っていたが、それが終わると、伸ばされた手に捕まって、少年とともに歩き始めた。
そうして2人の若年組が、近くの移動チューブから星間移動港の建物へ向かい、空調の効いた涼しい店で、保護者の目の離れた隙にとちょっと高級なアイスティーだの山盛りのクリーム入りソーダだのを注文している頃、年配1人は、汗で服の色が変色するほど熱気がこもり、かろうじて明かりだけがついている宇宙船の倉庫で、がらがらと何かをかき回していた。 「た、確かこの辺りで上着を放り出したと思ったんだがなぁ。畜生、ケチってねぇで、トレーラーも全部オートキーにしとくんだったか」 額の汗を腕で拭うと、ルドは積み重ねられていた様々な工具やネジ、機械油などの入った箱を脇に放り出して、次の箱を開いた。 「でもなぁ、オートキーは常に電力使うし、思ったよりゃセキュリティも甘いし、エネルギー代も馬鹿に……お?」 箱の一番上に押し込まれていたものを引っ張り出した大男は、明かりの下でそれをまじまじ見ると、思わずといったように笑いだす。 「こりゃあ懐かしいな。ああ、こんなとこに入れてたのか」 それは、埃と虫食いだらけの服だった。彼はその服の埃を払ってから汗を拭って箱に押し込みなおすと、その箱を更に脇に避けて別の箱を探し始める。 「まあ、でもあんな古い箱じゃあねぇな。とすると、だ」 しばらくの間付近の箱を探していた彼は、最後の箱を逆さにひっくり返して振ってから、深く長いため息を吐いてがくりと頭を垂れ下げた。 「ねえ。やばいな。買いなおすとしても、鍵作りの業者に改めて頼むとして、全部つけかえになるだろ。そうすると」 新型宇宙船を買おう、と言う少年の声と、以前立ち寄った惑星で、愛らしいペンダントの飾られたショーウインドウに張り付いていた少女の姿を思い出し、ルドは再び大きなため息をつく。 「仕方ねえな。ちょっと難しい仕事を取りに行くしかねえか。面倒な仕事は避けたかったんだが四の五の言ってらんねえしな」 しばらくの間、座り込んだ膝の上に肘をついて考え込んでいた彼は、熱気で生まれた大汗の粒がもうひとつ床に転がり落ちると、ぐたっと頭を足の間に下げた。 「ともかく、ライナーたちと合流するか。ここで考えてると、頭の中まで焼けちまいそうだ」 大きく深呼吸をしてから、散らかした箱はそのままに立ち上がる。周囲に積み上げてあった箱を幾つかまたぎ、宇宙船の内部よりは大分ましな表に出ると、腕にはめていた腕時計のようなものを宇宙船の入り口に向けて、扉を閉ざした。 「あ、きしんでやがる」 最新型の宇宙船ならば音ひとつ立てずに閉じるはずのそれが、ぎしぎしと悲鳴のような音を立ててしまる。その様子に頭をかきながら、一歩ごとに嘆息をつきつき歩き出したルドは、彼らの係留ゾーンのすぐ横、どうやら彼ががさがさと倉庫を漁っている間に新たに到着したらしい、最新型の美しい宇宙船に気づいて、頭を上げた。 「お、ありゃ確か、ケルーガの最新型じゃねぇか。こんなとこで見るなんて珍しいな」 羨ましい、という言葉は男の意地で飲み込み、彼は、正式名称はすっかり頭から脱落したそのほっそりした高速個人艇を眺め上げた。ケルーガは、現在彼らがいるラトキア共和国から、最も遠い場所に位置する王政国家だ。様式美が重んじられる為に、宇宙船であっても機能だけでなく、外観の美しさが重視された造りになっている。一見、白く細い矢尻のように見えるその宇宙船は、よく目を凝らしてみれば、僅かに違うカラーで表面に細かい模様がびっしりと描かれていた。 ルドは、思わず自分たちの宇宙船を見て、再びその美しくまだ新しい宇宙船と見比べた。 「……すまん」 一瞬、取り替えたい気分に陥ったことを自分の宇宙船に詫びた彼は、自分の言葉の後に続いた声に、思わずびっくりして飛び上がった。 「騒音でも立ててしまったでしょうか?」 細い声は、彼のすぐ後ろからした。自分の宇宙船の方を向いていたルドが視線を巡らせると、背後に、いつの間にか1人の青年が立っている。白いスーツの上から、同じく白い布を日除け代わりに被った青年は、申し訳なさそうに頭を下げて彼を見た。 「あ、いや、独り言だから気にしねえでくれ」 慌てて顔の前で腕を振る。華奢そうな相手の青年は、品良い礼を返すと、青年の髪の色によく似合う明るい微笑を浮かべた。 「そうでしたか。ご迷惑をお掛けしたのでなければよかった。買ったばかりの船なもので、操縦設定がうまくいったかどうか心配だったのですよ。あなたは、あちらの船の?」 青年の黒い眼が、ルドの旧式船の方に向けられる。 「ああ。係留中、たびたび出入りするかも知れねえが、よろしく頼むな」 「こちらこそ。私も商用でしばらく逗留しますので、たびたび船に戻ることがあると思いますが、よろしくお願いします」 マホガニー色の肌と黄金の髪をした青年は、言うと身を返して、宇宙船の脇に到着していた専用車両に向けて歩き出した。通常、星間移動局、通称“税関”のある場所には、宇宙船係留地ごとに用意されているチューブを使って移動することができる。だが、大荷物を運搬する場合やVIPの送迎等には、車両を使うことも多い。実際、ルドもトレーラーの鍵さえなくしていなかったら、トレーラーを下ろしてそれで移動するはずだったのだ。 「くっそー、どこにやっちまったんだろうな」 高級車で立ち去っていく――どう考えてもVIP送迎用の車両で――青年を見送ると、ぶつぶつ言いながら手近の移動チューブ入り口まで向かったルドは、移動する寸前、自分の懐に手を当てた。 「あ」
だが、トレーラーの鍵を見つけたと思った瞬間、彼の乗った移動チューブは地下を伝って税関に向けて動き始めていた。
あー!
声だけが残された後、静けさを取り戻した係留地に、また新たな宇宙船が入港する印のランプが点滅した。 「あ、あっち、俺らの船がある方じゃ?」 ライナーが、ホットドックを口に押し込みながら、顔を上げて喫茶室の窓から表を見やった。 「ん? そ?」 瞬いて短く返したエレピは、口の回りを生クリームだらけにしながら、飲み終えたクリームソーダのグラスを横に、2つ目のパフェの底に残った果物と格闘している。 「そうだよ。さっきも白っぽい船が下りてったろ。絶対、あそこだって」 ライナーは、パンの欠片を飲み込むとエレピの口元を見て喫茶室のナプキンを手に取り、少しの間迷ってから、彼女の口を拭ってやった。 「ルド、見つかったかな」 「見つかる。した。来る。すぐ」 口を拭われて、もごもごと不明瞭な声で返したエレピは、言った途端に喜びの声を上げると、パフェをそのままに、鹿が跳ね上がるように喫茶室の入り口へと飛び出した。 「エレピ!」 慌てて立ち上がったライナーは、喫茶室の入り口で少女が汗だくのままの大男に抱きつく様子を見て、ふん、と鼻を鳴らすと椅子に座り直し、肘をテーブルについてそっぽを向いた。 「ルド、鍵は見つかったのかよ」 「見つかった見つかった。……が、トレーラーを下ろしてくるのを忘れてなあ」 首にぶらさがったエレピを片手でひょいと床に下ろしたルドは、ライナーが座っている席まで歩いてくると、テーブルの上に置かれたものを見下ろして、がくっと頭を垂れ下げた。 「お前ら、……俺が暑い中で作業している間にこんな豪勢なモン食いやがって……」 「あ・ん・た・が、鍵をなくさなかったら暑い中で作業する必要なんざなかったろ」 とげとげとした声で返したライナーは、代金の書かれたクリスタルをルドに押し付けると、席から立ち上がる。 「鍵は何処だよ。ルビーを1人にしとくのは可哀想だから、俺が取ってくる」 「いや、ここだがな。って、さっさと先に行っちまったのはお前の方だろが」 言いながら鍵を放ったルドは、冷えたビールを1杯注文に追加した。途端、ぴたりと足を止めた金髪の少年から、怒鳴り声が上がる。 「あー、ルド、今お前、酒頼みやがったろ! 俺に運転全部させる気だな?!」 「どうせお前は飲まねぇんだから、今日ぐらい運転しろ」 「……運転代」 片手を前に出すライナー。 「――何で」 「あんたの代わりに運転すんだから、運転代」 「嫌だね」 「そんじゃ、飲むな」 「俺から酒を取ったら何が残る!」 「それは真実だけどな、否定しねぇけどな! とにかく飲むなら払え、払わねぇなら飲むな!」 「お前が自分から運転するって言ったんじゃねぇか!」 喫茶室の人々の眼が、好奇心と迷惑とを浮かべて2人の方を眺める。店員が困った表情を浮かべて、奥に店長を呼びに行こうとしたとき、火花を散らす2人の合間から、白い頭が覗いた。 「どうする、した?」 喫茶室にいる間も帽子をかぶりっぱなしだったエレピは、青い目で2人の顔を見上げると、少しの間2人の頭を見つめてから、不意ににこりと笑って言った。 「喧嘩、ない良く。エレピする。運転」 ウキウキとした声で言った少女は、2人の男が何を言う暇も与えずにライナーの手から鍵をひょいと取ると、楽しそうな声を上げて移動チューブの入り口に向けて走り出した。 「あ、おい、エレピ! 待て、お前、操縦の仕方しらねぇ……」 男と少年が慌ててその姿を追いかけた頃には、既に少女の姿はチューブの中へと消えていた。
※書きかけ
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2005/4 |
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